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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)8074号 判決

原告 学校法人電機学園

被告 大同印刷株式会社

主文

被告は原告に対し東京都千代田区神田錦町三丁目三番地にある鉄筋コンクリート造四階建一棟一階乃至四階何れも七十三坪七合九勺、屋階五坪四勺を明け渡し、且つ、右建物の南側に接着して設けられている木造スレート葺平家建工場用仮設建築物一棟建坪五十五坪を収去してその敷地六十一坪三合二勺を明け渡すべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文と同趣旨の判決竝びに仮執行の宣言を求め、請求原因及び被告の主張に対する答弁として次のとおり述べた。

第一、請求原因

一、概説

原告は主文第一項記載の鉄筋コンクリート造の建物(以下第二校舎と呼ぶ)及び土地の所有者であつて、昭和二十二年四月九日被告に対し右校舎及び土地を賃料一ケ月二千六百二十五円(昭和二十三年三月分から一万円、昭和二十四年一月分から一万八千円に逐次増額)毎月末日払、期間五年の約定で賃貸したが、後に詳述するような正当事由があるので、期間満了前六月乃至一年内である昭和二十六年九月七日被告に対し更新拒絶の通知をし、更に期間満了の翌日の昭和二十七年四月十日被告に対し右校舎及び土地の継続使用に対して異議を述べた。

二、正当理由

建物賃貸借契約の更新拒絶の当否は、賃貸借成立の事情、賃貸人の賃貸建物の自己使用の必要性、賃借人の契約終了によつて受ける損害、契約終了の結果の社会的妥当性等を考慮して決せられるべきものである。

(一)  本件賃貸借成立の事情

原告は私立学校法によつて設立せられた学校法人で、東京電機大学、東京電機大学短期大学部、電機学園高等学校及び電機学校を設置しているが、もとは財団法人電機学園と称し、電機工業専門学校、電機第一工業学校、電機工業学校及び電機学校を設置していたものであつて、第二校舎はこれらの学校の教室用として建築せられたものであり、また、本件土地は同校舎の敷地と共に学校教育の用途に使用せられていたものである。

今次太平洋戦争の結果社会は混乱し、教育のことは一般に等閑に附せられるに至つたのであるが、原告もまたこの影響を免れることができず、その学生、生徒の数は激減した。かくて、原告は社会が安定し教育が再び昔のように尊重せられ学生、生徒の数が増加するまで一時的に第二校舎及び本件土地を自ら使用する必要を感じなくなつたのであるが、恰もこのとき被告からその使用許可の懇請を受けたので、差し当つて不要の建物や土地を不使用のままに放置することが社会的に見ても損失であることを思い昭和二十一年四月中被告に対し一年間に限りその使用を許したところ被告はその後一年を過ぎ昭和二十二年四月になると再びその継続使用を懇請した。当時は終戦後の混乱も漸く安定の緒に就き、同年三月には既に学校教育法も制定せられ、原告としては同法に基く学園整備の方針を定めており、これが実現のためには右校舎及び土地を自ら使用する必要のあることが予想せられていたので、原告は右懇請を受けると非常に当惑したが、結局その整備能力及びこれに伴う学生、生徒の増加係数等を仔細に検討し右校舎及び土地の現実の使用を必要とするまでにはなお五年位の歳月を要する見透を得たので、同年四月九日被告の右懇請をいれて五年間これを被告に賃貸することとして本件契約をした。なお、原告が五年後に右建物及び土地を必要とする前記のような事情については契約の当初に被告にこれを伝え、被告はその事情を充分に諒解して契約をしたのである。最初に定めた一ケ月二千六百二十五円の賃料は適正賃料額の十分の一にも当らないものであるが、このことは右の消息を物語るものである。

(二)  原告の自己使用の必要性

原告は本件賃貸借をして後鋭意学園の整備に努め、新学制に則り昭和二十三年四月一日には電機第一工業学校及び電機第二工業学校を電機学園高等学校に、昭和二十四年四月一日には電機工業専門学校を東京電機大学にそれぞれ改編し、更に電機工業会及び卒業生等の要請により同年十月文部省に対し大学設置の認可申請をして翌昭和二十五年三月十四日その認可を受け、また、昭和二十六年十月には東京電機大学工学部に第二部を増設する認可申請をして翌昭和二十七年二月二十日その認可を受けたが、右学園整備は被告が契約五年後には必ず約旨に従い第二校舎及び本件土地を返還するものと信じその前提の下に行つたものであり、従つて、原告は右各認可申請に当つては何れも右校舎を第二校舎の名称で新設大学の校舎として使用することとしてその申請をし、これが認可は昭和二十七年四月から必ずその使用を開始することを条件として下されたものであつたのである。

しかして、原告は昭和二十七年四月から次の表に示すような教育施設を有して教育のことに当つているが、被告が五年を過ぎても右建物及び土地の返還をしないので教育上後記のように非常な支障を来たしている。

学校名       学年数 学級数   定員

昼間東京電機大学第一部   四年制 一二   四八〇

〃 電機学園高等学校第一部 三年制 二一 一、〇五〇

夜間東京電機大学第二部   四年制  八   三二〇

〃 同短期大学部      二年制  四   二〇〇

〃 電機学園高等学校第二部 四年制 一六   八〇〇

〃 電機学校        三年制 一二   八〇〇

(イ) 原告の教育施設は主として電機工業関係のものであるために教室、講堂、研究室、図書館、体育場等の外に実験実習工場、製図室等を絶対に必要とするのであるが、いわゆる第一校舎は三十七教室に過ぎないのであつて、これは普通の教室としてもなお不足しているのである。原告はこの事態に処するために当初は講堂大教室で合併教授を行つたり、実験講義を繰り延ばしたりなどして一時を糊塗していたが、それでは教育の責任を果すことができないので、昭和二十八年四月私学振興会から四百万円を借り入れ四百万円の自己資金と合せて八百万円で第一校舎の屋上に製図室を新設し、従来の製図室を二つの普通教室に改造した。しかしながら、それでもなお実験実習室製図室、研究室、図書館、体育場等の必須施設が教育施設としての基準に達しないのであつて、学生、生徒に対して申訳のないことになつている。

(ロ) 原告は明治四十年創立以来電機に関する専門教育を標傍して広く門戸を開放し昼夜間の教育を実施する特殊の学園として実業界及び学界に名声を馳せているので毎学年初における入学希望者は非常に多数であるが、校舎不足のために入学者の数を制限している。

(三)  本件契約の終了によつて被告の受ける損害

(イ) 本件契約当時は被告の目的事業である印刷業界は非常な好景気であり、被告は五年間も第二校舎で印刷業を行えば被告が必要とする建物を他で入手することは容易であるとの見透の下に契約したものである。従つて、被告には当初から五年たてば右校舎を原告に返還する意思があつたものとすべきであるが、被告はこれに加えて原告が前記の各認可申請に当り被告に対し申請の内容を説明して期間満了の際には必ず右校舎を返還すべき旨の諒解を求めその後もしばしば同様の諒解を求めたのに被告はその都度返還を明言していた。従つて、被告がその返還によつて損害を受けるとしてもそれは当初から予期せられていたものであつて不測の損害ではない。

(ロ) 被告は元来数名の印刷業者と製本業者が合同して設立した会社であつて、現にこれを合同前の状態に復する分離案もできているのであり、この分離案を実行すれば従業員も分離独立したところに引き継がれることになつているのであるから、被告はその決断如何によつて大した損害を見ることなく右校舎を返還し得べきである。

(ハ) 被告は右校舎の近くに約百坪の借地を有し、その地上に四棟の建物を所有し、一棟は自ら使用し、三棟を中田製本所に貸与し一棟を被告の取締役の須藤紋一に使用させているが、中田製本所はその借家を立ち退く意思があるということであるから、右借地権及び建物を処分し、その代金で他の建物を入手することもできるのであつて、原告の建物を原告に返還することが被告の事業の致命傷となる筈はない。

(四)  本件契約終了の結果の社会的妥当性

第二校舎の利用関係を繞る原被告の利害関係は前記のとおりであるが、しからば、社会的評価において右校舎は原被告の何れがこれを使用するのが妥当であろうか。(イ)右校舎が元来教室用として建築せられたものであることは先に指摘したとおりであるが、さすれば、これが印刷工場用として使用せられるよりも学校の教育施設として使用せられる方が適当であることは論を待たないところであろう。(ロ)原被告の何れかが所要の建物を建築するとした場合、立地条件として原告はその建物が第一校舎(第二校校舎と同町内にある)の附近であることが絶体的条件となるのであるが被告の建物についてはそのような条件はないと思われる。(ハ)原告の所要建物は堅固な建物であることが必要であるが、印刷工場用であるべき被告の所要建物は木造バラツク建でもこと足りるのである。(ニ)事業の公共性においても原告の事業が勝つている。これを要するに、本件契約終了の結果はその社会的評価においても妥当とせられるべきである。

三、本件土地賃貸借契約の特異性

本件土地の賃貸借はもともと教室用として建てられた第二校舎に工員出入口、印刷用紙運搬路を設け且つ一部に仮設事務所を設けてこれを印刷用として使用できるようにするために建物の賃貸借に随伴するものとしてなされたものである。従つて、その賃貸借は建物の賃貸借と運命を共にするものであり、借地法の側面からすればその期間の長短に関係なく一時使用を目的とする賃貸借に該当し同法適用の埓外にあるものである。

以上の考慮は、これを要するに、原告の本件更新拒絶の正当であることを物語るものであるから、本件賃貸借は昭和二十七年四月九日限り期間の満了によつて終了し、被告は原告に対し第二校舎及び本件土地を返還する義務(明渡義務)を負うに至つたのであるがこの義務を履行せず、殊に本件土地についてはその上に第二校舎の南側に接着して木造スレート葺平家工場用仮設建築物一棟建坪五十五坪を建築所有してその占有を継続しているから、第二校舎の明渡と併せて本件土地をその上にある前記木造建物を収去して明け渡すべきことを求めるため本訴に及んだ次第である

第二、被告の主張に対する答弁

一、本件賃貸借契約書における期間を五年とする旨の記載は例文でもなければ単に条件改訂の期間を定めたものでもない。右契約においては、賃料については別に経済状勢の変化に応じ一年毎にこれを改定することが定められているのであつて、右五年の期間が賃貸借の期間であることはこの一事によつても明白というべきである。

二、商業街における土地建物の賃貸借についてその期間を法の許す最長期とする慣習があり、本件契約がこの慣習による意思でなされたものであることは否認する。建物はこれが商業街にあると住宅街にあるとを問わずすべて特殊の事情の下にあるものであるから前記のような慣習の成立する余地はなく、従つてまた本件契約が賃貸借の期間を法の許す最長期とする意思でなされたというようなことはあり得ないことである。

三、被告が第二校舎を使用するについて何千万円という設備費を要したことは否認する。被告主張の設備費はその内容が不明であるが、右校舎を使用するために必要な造作費としては被告は概ね数十万円を要したものと思われる。右設備費が被告の営業用の印刷機械、活字等の代価を含むものとしてもそれは何千万という額に達するものではない。被告は先に東京地方裁判所に更生手続開始の申立をし、昭和二十八年八月十四日同裁判所にその資料として資産表を提出したが、それには「工場内機械設備及び附属一式」の同年三月末現在の価格を七百二十一万九千九百九十円と算定していたのである。かような物件はもとより可動的なものであるから被告が右校舎から他に移転するとしてもその費用は取付費及び運搬費に過ぎないのであつて、移転により被告の蒙る損害はいうに足らないものである。

四、原告が本件賃貸借の権利金に代わるものとして被告の株式四千株(合計額面金額四十万円)の交付を受けたことは否認する。もつとも、原告は被告からその株式千株(合計額面金額十万円)の贈与を受けたことはあるが、それは原告が被告と株式会社オーム社(以下オーム社と略称する)との間の紛争を斡旋解決してやつたことに対する謝礼の意味で贈られたのであつて権利金に代わるものとして受領したものではない。

なお、本件賃貸借の成立以来被告が原告との合意で第二校舎及び本件土地に対する固定資産税を負担していることは認めるが、原告は学校法人としてかような税に対する免税資格を有するものであつて、右税金は右校舎及び本件土地を被告が使用するために課せられているのであるからこれを被告が負担するのは当然のことであり、被告が右税金を負担していることは何ら被告の主張を益するものではない。

五、原告の本訴請求は信義誠実の原則に反するものでもなければ権利の濫用でもない。賃貸借の期間を五年と定めるが如きは契約自由の原則の埓内にあるものであり信義誠実の原則に反するものではない。なお、正当事由によつて契約の更新を拒絶しその結果生じた権利を行使することがその濫用といえないことは論を待たないところであろう。

〈立証省略〉

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決竝びに仮執行免脱の宣言を求め、

答弁として、

原告主張事実中、原告が私立学校法により設立せられた学校で現に東京電機大学、東京電機大学短期大学部、電機学園高等学校及び電機学校を設置していること、原告がもと財団法人電機学園といつていたものであること、被告が昭和二十二年四月九日原告からその所有の第二校舎及び本件土地六十一坪三合三勺を賃料一ケ月二千六百二十五円(昭和二十三年三月分から一万円、昭和二十四年一月分から一万八千円に逐次増額)毎月末日払のの約定で賃借したこと(但し、被告は賃料の外に年額十三万四千円余の税金を負担している)、原告主張のような更新拒絶の通知及び異議のあつたこと、被告が右土地をその上に原告主張のような建物を建築所有して占有中であること、被告が本件賃貸借に先き立ち一年間間同一物件を原告から借りていたこと、原告がその主張のような各学校設置の認可を受けたこと及び右認可が本件校舎を第二校舎として使用することを条件としてなされたものであることは認めるが、その他の事実は争う。

一、本件賃貸借の期間は五年ではなくて法の許す最長期である。

(一)  出版物は東京都が全国の大部分を占め、また、その大部分は同都千代田区神田の出版にかかり印刷業者にとつては神田が最も重要な場所である。被告はそれ故に昭和二十年十二月一日神田に永久的の本拠を置かんとして第二校舎の直ぐ近くにあるオーム社所有の鉄筋コンクリート三階建百八十五坪六合八勺及び木造二階建八十五坪五合の建物を代金二十六万九千七百円で買い受け、同日内金十万円を支払い、残金の支払についてはオーム社が右建物を担保として日本勧業銀行から借り入れていた十万円の貸金債務を引き受け、更に相殺勘定によりオーム社のために報酬金六万九千七百円の印刷をして決済することを約束し、当時右建物の引渡を受けこれによつて印刷業を営んでいた。

しかるに、オーム社はその後右建物の取戻を策し、被告が先に支払つた十万円を手附と称しその倍返による売買契約の解除を主張して処分禁止の仮処分を行い、更にその間勧業銀行から右建物を担保として三十万円の借増をし、被告との間に紛争を招いたが、この紛争はオーム社に対し親会社のような関係にある原告の仲裁により、被告はオーム社に対し右建物を売り戻し、その代わりに原告が被告に対し第二校舎を賃貸するということで解決した。

(二)  本件賃貸借は実にかような経緯でできたものであり、その契約に当つての被告の立場は非常に強かつたのであるが、被告は更に権利金に代わるものとして被告の株式四千株(合計額面金額四十万円)を原告に提供した(これは原告の前記仲裁に対する謝礼ではない。その仲裁はオーム社が原告に依頼したのであるから、謝礼はオーム社が出すべきであつて被告が出すべき筋合のものではない)次第であるから被告には期間を五年とするような不利な契約に甘んずる必要は全然なかつたのである。

本件賃貸借について作成せられた契約書(甲第三号証)には期間を五年とする旨の記載があるが、それは例文であり、その趣旨は五年目に事情の変更を斟酌して契約条件を適当に改訂するという程の意味に退ぎないのである。そして、元来本件のような商業街における土地、建物の賃貸借については期間はこれを法の許す最長期とする慣習であるのであつて、本件契約はこの慣習による意思でなされたものである。

(三)  仮に期間を五年とする旨の特約がなされたものとすればそれは次の理由によつて無効である。

(イ) 右特約に際しての被告の真意は、期間はこれを法の許す最長期とするにあり、原告が通常の賃貸人である限りそのことを知つていたものといわなければならないから、右特約は心裡留保による意思表示に基くものとして無効たるべきである。

(ロ) 仮に心裡留保による無効が認められないとすれば、右特約は信義誠実の原則上無効である。第二校舎はいわゆる焼ビルであつて、これを修理し印刷工場としての設備をするについては何千万円という資金を投ずることを要するのであり、そしてこれを他に移転すれば投資金の大部分は損害となるべきものであるが、賃借人に僅か五年間にそのような損害を生ずる契約をさせることは信義誠実の原則に反するはもちろん人道上も許されないところである。

三、更新拒絶の正当事由の欠缺

原告は第二校舎が大学の経営上に必要であるということを正当事由としているが、原告は右校舎がなくとも大学の経営ができないのではなく、現に第一校舎の屋上に百坪余の増築をして相当数の学生、生徒を収容してその経営をしているのである。文部省にしても被告を自滅させてまでも被告を第二校舎から退去させなければ大学設置の認可を取り消すといつているわけではない。実験室、製図室等が不足することは原告に致命的の損害を生ずるものではない。これに反し、被告は現に東京地方裁判所に更生手続開始決定を求めているのであるが、右校舎から退去するとなれば先にも指摘したように多大の損害を蒙り再起は不能となり自滅する外はないのである。

なお、学校の経営が公益に関するものであることはもとより疑のないところであるが、印刷業も人の智識増進に貢献するものであつて、大いに公益に関する業務であるから、その公益的見地において学校経営が必ずしも印刷業に優先するものではない。

しかして、以上の考慮は本件更新拒絶の正当性を否定させるものといわなければならない。

四、本件土地の賃貸借

この契約に関する甲第四号証には右土地を事務所用仮設建築物その他の用地とする趣旨の記載があるが、仮設建築物といつても長年の使用に堪えるものもあり、この地上にある原告主張の建物は現に九年間の使用に堪え今日に及んでいるのであるが、原告は被告がそのような建物を建築することについて何らの異議も述べないで暗黙にその建築を許したのであるから、今日に至つては右賃貸借を一時使用の賃貸借と主張することはできない。しかして、仮にこの契約が第二校舎の賃貸借に随伴するものとしてなされたものとすれば、先に指摘した理由によりその契約は今なお存続しているものというべきである。

五、留置権の行使

被告の上来の主張がすべて理由がなく、被告に第二校舎の明渡義務があるとすれば、右校舎は先に指摘したように焼ビルであり、被告はこれを修理し、また、これに造作を施して巨額の費用を支出したのであるが、右はすべて原告の承諾を得てしたものであるから、修繕費についてはその償還を請求し、造作についてはこれが買収を請求し、右償還及び造作代金の支払のあるまで右校舎を留置する。

六、仮執行免脱宣言の申立

被告敗訴の場合に仮執行の宣言を附せられんか被告は既に述べたように自滅する外はないから、その場合にはこれが免脱の宣言を求める。

と述べた。〈立証省略〉

理由

原告が昭和二十二年四月九日被告に対しその所有の第二校舎及び本件土地を賃料一ケ月二千六百二十五円(昭和二十三年三月分から一万円、昭和二十四年一月分から一万八千円に逐次増額)の約定で賃貸したこと及び原告がもと財団法人電機学園といつていたことは当事者間に争がない。

一、右賃貸借の期間について

右賃貸借について期間を五年とする旨の特約のあつたことは成立に争のない甲第三号証に徴して明瞭である。

(一)  被告は右甲号証(右賃貸借についての契約書)中の期間を五年とする旨の記載は例文であり、その趣旨は五年目に事情の変更を斟酌して契約条件を適当に改訂するという程の意味に過ぎないのであつて、右賃貸借は期間についてはこれを法の許す最長期とする慣習による意思でなされたものであると主張するけれども、右契約書中には賃料は経済情勢の変化に応じ原被告の協議で一年毎に改訂する旨の条項までも掲げてあるのであつて、しかし用意周到に作成せられた契約書中の期間に関する条項を例文として一蹴することは相当でないから、被告の右主張及び証人須藤紋一、井関好彦の各証言竝びに被告代表者尋問の結果中その主張に符合する部分は採用することができない。

(二)  被告は期間を五年とする旨の特約は心裡留保による意思表示に基くものであつて無効であると主張するけれども、取引の多くは当事者の妥協により相対的意思の合致点を見出すことによつてできるものであつて、この妥協の故に取引を無効とすることは許されないのである。いまことを賃貸借の期間を定める場合に移して考えるに賃貸人は二年を主張し、賃借人は二十年を主張し、折衝の末五年と定めて賃貸借ができたとしよう。この場合賃貸人は賃借人はできれば期間二十年の賃貸借をすることを欲していたことを知つていたものといわなければならないが、これがためにその賃貸借が賃借人の心裡留保による意思表示に基くものとして無効となるものでないことは論を待たないところであろう。被告の主張は要するに、被告は右賃貸借に際しては期間はこれを二十年とすることを欲していたのであり原告はそのことを知つていたから賃貸借は被告の心裡留保による意思表示に基くものとして無効となるべきであるというに帰着し到底これを採用することはできない。

(三)  被告は期間を五年とする特約は被告が多大の損害を蒙ることを理由として信義誠実の原則上無効であると主張するけれども、借地法及び借家法の施行せられる地域にある土地建物の賃貸借は更新拒絶の正当事由のない限り原則として期間の満了と共に更新せられるものであつて期間を限定しただけで賃借人は特に著しい損害を蒙るものではないのである。従つて、賃借人が著しい損害を蒙るのは正当事由によつて更新を拒絶せられた場合に限られるのであるが、法律が正当事由のある場合に更新拒絶を認めたのはそのことが法の目的である正義公平惹いてまた信義誠実の原則にも適合するものと認めたものに外ならないから、期間の特約だけを抽出してこれが信義誠実の原則上無効とする被告の主張は採用することができない。

二、更新拒絶の当否について

証人田中剛三、高田勇次郎、宇野幸一、須藤紋一、井関好彦の各証言、被告代表者尋問の結果及び成立に争のない甲第三乃至第六号証、乙第一号証の一、右宇野の証言にかつて真正に成立したことが認められる甲第七乃至第九号証、同田中の証言によつて真正に成立したことが認められる甲第十一号証、同井関の証言によつて真正に成立したことが認められる乙第六、七号証と弁論の全趣旨とを綜合すると次の事実が認められる。すなわち、

(一)  被告は昭和二十年十二月一日オーム社から東京都千代田区神田錦町三丁目一番地にある鉄筋コンクリート造の建物一棟地階四十四坪六合三勺、一階四十六坪七合二勺、二階四十九坪六合五勺、三階四十四坪六合三勺及び木造コンクリート塗込トタン葺一棟一、二階共各四十二坪七合五勺を代金二十六万九千七百六十三円四十一銭で買い受けることを約束し、当時内金十万円の支払をして建物の引渡を受けてこの建物で印刷業を営んでいたが、その後この売買についてオーム社との間に紛争を生じた。この紛争はオーム社と物的人的に密接な関係のあつた原告の調停により被告が前記二棟の建物をオーム社に代金五十五万円で売り戻すということで昭和二十二年四月九日解決したが、原告はその際被告と本件賃貸借契約をした。

(二)  原告はこれよりも先昭和二十一年四月被告に対し期間を一年と定めて第二校舎と本件土地の使用を許した(この点は当事者間に争がない)が、それは次のような事情によるものであつた。すなわち、右校舎及び土地は何れも原告の設置する学校の校舎又は校庭として使用せられて来たものであるが今次大戦の結果学生、生徒の数が激減し、原告としては差し当り第二校舎とは別の校舎である第一校舎だけで充分となり一時的に第二校舎及び本件土地はこれを使用する必要がなくなつたので校舎はこれを印刷工場として、土地は印刷業に必要な附属施設但し仮設施設の用地として、その使用を許したのであつた。その後改めて本件賃貸借をしたのはもとより前記調停と密接な関係があるのであつて、実はその調停の成功は原告が被告に対しこの賃貸借を提案したことによるものというも過言ではない。しかしながら、一面において昭和二十二年四月当時は今次敗戦による社会的混乱も漸く収束の緒に就き教育のことについても同年三月学校教育法が制定せられ、学校教育も漸く盛にならんとする気運が動き出していたので、右賃貸借の提案をするについては原告は第二校舎及び本件土地を再び校舎、校庭又は校舎増築用地として自ら必要とするに至る期間について慎重な検討を加えた上これを五年と測定し期間五年の賃貸借を被告に提案したのであり、被告がこれを受諾したのは、当時神田地区の印刷工場は戦災によつて殆んど全滅した状態で印刷業界が非常な好景気に潤つていたので五年もたてばその間の蓄積利益によつて他に思うままの営業所を新設することができると予測したことによるものであつた。

(三)  原告はその後鋭意学園の整備に努め、新学制に則り昭和二十三年年四月一日には電機第一工業学校及び電機第二工業学校を電機学園高等学校に、昭和二十四年四月一日には電機工業専門学校を東京電機大学にそれぞれ改編し、更に同年十月文部省に大学設置の認可申請をして翌昭和二十五年三月十四日その認可を受け、また、昭和二十六年十月には東京電機大学工学部に第二部を増設する認可を申請して翌昭和二十七年二月二十日その認可を受けたが、これらの認可申請は第二校舎を使用することを条件としてしたものであり、更に大学の設置基準としては校舎は学生一人につき三坪以上となつているに拘らず原告学園のそれは二坪五合位に過ぎないので原告は右認可の関係及び法規上どうしても第二校舎を自ら使用する必要があるばかりでなく、原告はその学園整備と共に学生、生徒の数が急激に増加し第一校舎だけではいかにしても実験室、製図室、研究室等に不足し満足な教育に支障を来たしている状況にあつて実際上も第二校舎を自ら使用する必要に迫られている。

(四)  原告は右各認可申請に当つては被告に対し期間に対する注意を喚起するためその都度申請は原告が第二校舎を自ら使用することを条件としていることを伝え、また、その後もしばしば期間満了のときは必ず第二校舎を明け渡すように申し入れたが、被告はその間昭和二十六年十一月八日には特に原告が前記東京電機大学工学部に第二部を増設することの認可申請をしたことについて文部省に提出すべき書類として期間満了のときは第二校舎を明け渡すことを了承する旨の書面を差し入れるように求めたのに対しこれに応じた。

ことが認められる。前示各証言及び代表者尋問の結果竝びに右結果によつて真正に成立したことが認められる乙第二号証中にはこの認定に添わない供述及び記載があるけれども、その供述及び記載はにわかに信用し難く、他にこの認定を動かすに足る証拠はない。

思うに、第二校舎が戦災によつてその内部に火を受け半焼となつたものであり、被告がその使用を始めるに当り自費で若干の修補を加えたものであることは前示田中、高田及び井関の各証言によつて明瞭であり、また、神田地区が印刷業者にとつて絶好の地区であることは顕著な事実であるから、第二校舎の明渡が被告にとつて極めて迷惑なことであると共に被告に相当の損害を生ぜしめるものであることは疑のないところである。しかしながら、本件賃貸借の期間は、先に認定したように通常の賃貸借のそれが経済的利益の観点から定められるのとは趣を異にし、その期間の満了時に賃貸人たる原告にその目的物を自ら使用する必要の生ずることを予測してなされたものであつて極めて重要な意義を有するものであるから、これが更新拒絶の正当事由の判断も通常の賃貸借の場合のように当事者双方の利害関係を主眼としてなさるべきではなくて、期間満了のとき当初に予測せられたような事実が発生したか否か及びその間において賃貸人が賃借人にその損害を最少限度に止めるための万全の措置がとれるように仕向けたか否かを主眼としてなさるべきである。いまこの見地に立つてことを按ずるに、前認定の事実は正に本件賃貸借の期間が満了した昭和二十七年四月九日当時賃貸借の初めに予測せられていた原告が第二校舎を校舎として使用する必要の生じたこと及び原告はその間しばしば被告に対し期間満了のときには第二校舎を自ら使用する必要の生ずることが必至であることを伝え以つて被告にその明渡についての万全の準備ができるように仕向けたことを物語るものであるから、他の争点について逐一判断を加えるまでもなく、原告は本件賃貸借の更新拒絶について正当の事由を有していたものといわなければならない。されば、原告がその主張のような更新拒絶の通知をすると共に異議を述べたことが当事者間に争のない以上、少くとも本件賃貸借中第二校舎に関する部分は昭和二十七年四月九日限り期間の満了によつて終了したものとする外はない。

三、本件土地の賃貸借について

本件土地の賃貸借が原告主張のような目的でその主張のように前記第二校舎の賃貸借に附随してなされたものであることは前顕甲第三、四号証を綜合してこれを認めるに充分であるが、かような土地の賃貸借は借地法に関してはその精神からして期間の長短に関係なく一時使用のための賃貸借中に包容せられ主たる賃貸借と運命を共にするものと解するを相当とするから、第二校舎の賃貸借が先に認定したように昭和二十七年四月九日限り終了した以上、本件土地の賃貸借もこれと同時に終了したものといわなければならない。

四、被告の留置権の行使について

被告は第二校舎は焼ビルであり、これを修理し、また、これに造作を施して巨額の費用を支出したが、右はすべて原告の承諾を得てしたものであるから、修理費についてはその償還を請求し、造作についてはこれが買取を請求し、右償還及び造作代金の支払のあるまで右校舎を留置すると主張するから次にその当否を検討する。

(一)  右校舎が戦災によりその内部に火を受け半焼となつたものであることは先に認定したとおりであり、前示証人田中、井関、高田の各証言及び被告代表者尋問の結果を綜合すると、被告は右校舎を賃借しこれが使用を始めるに当り火災のために屋上に亀裂を生じ雨漏がしていた箇所及び破損していた硝子窓等の修理をしたことが認められるが、右各証拠と被告の第二校舎の修理に関する主張が昭和二十九年九月四日附の準備書面によつて初めてなされたものである事実(本件の第一回口頭弁論期日は昭和二十八年十一月四日である)とを彼れ此れ斟酌すると、被告は本件賃貸借の当初から右校舎は半焼ビルで雨漏がし、硝子窓等も破損していてその修理をしなければ使用に支障のあることを承知しており、その修理は自己の負担においてすべき旨の特約(但し、雨漏の修理については原告も若干の修理費を負担)の下にこれを賃借したものと考えられるから、被告は自己の支出した修繕費について原告に対しこれが償還請求権を有しないものというべきである。仮にかような特約がなく従つて被告は自己の支出した修繕費についてその償還請求権を有するものとしても、本件においてはその数額を判定すべき証拠がない(例えば前示井関の証言中には百万円位というような数字が出ているがその中には便所の新設費、原告えの寄附等を含み修理費の数額は不明である)から、修繕費の償還請求権の存在を前提としてその償還のあるまで第二校舎を留置する旨の被告の抗弁は採用することができない。

(二)  被告が第二校舎に如何なる造作を施したかは被告の主張自体によつて明かでないが、前示井関の証言によると、被告は自費で右校舎に電気設備をしたり便所を新設したことが認められる。しかしながら、かような造作の買取請求権行使の結果生じた代金請求権は第二校舎に関して生じた債権とはいえないから、造作代金請求権によつて右校舎を留置する旨の被告の抗弁もまた採用することができない。

よつて、本件賃貸借が期間の満了によつて全面的に終了したことを理由として被告に対し第二校舎の明渡と併せて本件土地を被告がその上に建築所有していることを自認する本件の木造建物を収去して明け渡すべきことを求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につさ民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

なお、本件について仮執行の宣言を附するのは相当でないと考えられるから原告のこれが申立は却下する。

(裁判官 田中盈)

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